HERO [the other side of Fate/stay night]
赤い騎士は万感の思いを胸に、主となった少女に向けて親愛の言葉を紡ぐ。
「それでは凛と。……ああ、この響きは実に君に似合っている」
TYPE-MOON発売のエロゲ『Fate/stay night』をモチーフにした二次創作小説。
「Unlimited blade works」から6年後の時計塔を舞台に、
英霊となる路を選んだ●●●の物語が展開していきます('05年1月現在未完)。
脳内補完バリバリのルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト嬢が登場しますので、
ご了承の上でご閲覧いただきますようお願いいたします。
あ、ちなみに今はまだ大丈夫ですが思いっきり鬱エンドですょ……('A`)
+++『HERO』を閲覧下さっている方へ+++
長らく更新がないにも関らず、来訪いただきまして恐縮です。
本作の執筆は無期停止と致しますので、ご了承の程お願い申し上げます。
近々「TYPE-MOON SS Links」さんへの登録も解除させていただく予定です。
応援のメールを下さった方、ご期待に沿えず申し訳ありませんでした。
◇◆◇
「ご苦労様。今日はもうよくってよ」
「む。ちょっと待ってくれルヴィア、まだ夕飯の支度が済んでいない」
わたくしの言葉を受けた長身の青年は、脂の乗ったキングサーモンの切り身に小麦粉を塗していた手を休めて不満げな声を上げる。
「心配は無用ですわ。その様子だと今晩のメインはムニエルでしょう? 洋風のメニューでしたらわたくしにだって調理できてよ。それとも、士郎は主たるわたくしの提案になにか異存でもあるのかしら……?」
大丈夫。こう切り返してしまえば、士郎は必要以上に干渉しようとはしない。それは彼にホームキーパー代わりを勤めてもらうようになって、すぐに理解したことだ。
「わかった。今日は上がらせてもらう」
案の定、士郎は小さな溜息をつきながらも退く。エプロンを外しにかかったのを認めたわたくしはソファに身を沈め、先刻彼が淹れてくれた紅茶を戴いた。
「夕飯、作れなくてすまなかった」
一瞬、彼の言葉の意味が理解できず、わたくしは驚きの表情を浮かべてしまう。この場から去れ、と一方的に命じたオーナーに、務めを果たせなくてすまなかったと謝るなんて。まったく、真面目すぎるにも程があるのではないかしら。思わぬところで彼の人のよさを再確認し、嬉しくなったわたくしは笑みを零しながら答える。
「いいえ、こちらこそごめんなさい。少し気分が優れなかったものだから」
「───どこか具合でも悪いのか?」
外したエプロンを畳むのも煩わしげにテーブルへ置いた士郎は、わたくしの座るソファへと駆け寄ってくる。
「悪い風邪が流行ってるみたいだからな。顔も少し赤いし、熱でも───」
わたくしの額に向け、伸ばされる彼の掌。
「な、な、な、なんでもなくってよ!?」
狼狽えながら、わたくしはすんでのところでそれを遮る。いけない、ここまで頑なに拒んでは余計に心配されてしまう。
「ルヴィア、これは……?」
「……え?」
わたくしの懸念は予想外の方向で的中。士郎は額を覆い隠していたわたくしの左手を取り、切り傷のように刻まれた痣を見遣る。
「怪我してるじゃないか。なんで俺にこんな傷を隠しておくんだ」
「ご、ごめんなさい。でも、本当に今まで気付かなかったんですもの……」
「ミミズ腫れみたいだな……魔術を使うほど酷くはないか。湿布でも貼っておけばすぐ治るだろう」
今日受けた講義は魔術理論だけ。実技は伴わないから、傷を負うような要因はどこにも見当たらない。一体、わたくしはどこでこんな怪我を……?
そんなことを考えている間に、士郎はリビングから救急セットを持ってきて湿布と包帯を取り出し、手当てを始める。その手際のよさにはいつもながら目を見張るものがあり、思わず見とれてしまう。
「? どうしたルヴィア。手当て、終わったぞ」
「え!? あ、えっと、ええ、あ……ありがとう士郎」
わたくしは感謝の意を表すことに不慣れだ。最上の環境で最高の教育を施され、わたくしは自分自身でなんでもこなす能力を手に入れていたから。エーデルフェルトの後継者たるわたくしは、他者に頼るまでもなく自分の力だけで全てを解決してきたのだ。……そう、目の前にいるこの青年と出逢うまでは。
わたくしの不器用な言葉を耳にした士郎は満面の笑みで顔を綻ばせ、悪びれることもなくトンデモナイ言葉を口にする。
「ルヴィアは最近素直になったな。おまえにとっては小さな変化かもしれないけど、俺は気に入ってる」
そこには世辞はもちろん、僅かばかりの他意が含まれることさえもありはしない。まっすぐ過ぎる青年が紡ぐ言葉は、いつだってどこまでもまっすぐなのだ。その実直さはわたくしにとってとても好ましいものである反面、この上なく残酷だった。それでもわたくしは、額面どおりに受け取るべき言葉ひとつでこんなにも心乱されてしまう。顔が熱い。いや、それどころかこれは絶対耳まで真っ赤だ。
「なっ…な、な……」
「またわたくしをばかにしてー、って暴れるのはナシだぞ。別に俺はルヴィアをからかってるワケじゃないんだから」
「…っ!」
喉まで出かかった言葉を飲み込むわたくし。完全に思考を読まれている……というのには語弊があるかしら。なぜなら士郎は自分と同様、わたくしが発する言葉に少しの虚偽も含まれてはいないと信じていて、残念ながらその読みはハズレていることになるのだから。大方彼は、わたくしが立腹して顔を朱に染めているとでも思っているに違いない。
「───士郎、いい加減に……」
様々な思いをめぐらせながらも、わたくしは努めていつもどおり、いつもの調子で次の言葉を捜す。そんなわたくしの様子に、士郎は軽い安堵の表情を見せる。
「……少しは元気、出たみたいだな」
いつになく突っかかってくるのは、やはり消沈しているように見えたわたくしを気遣ってのことだったようだ。
「元気もなにも、わたくしはいつも通りでいてよ」
「うん、そうだな。勘ぐったりして悪かった」
ソファの傍らから立ち上がり、士郎はバッグに手を掛ける。そのままエントランスへと向かい、廊下に差し掛かったところでこちらへ振り向いた彼は、例によって真実のみを口にする。
「今日はありがとう。たまに早く帰ると、遠坂が喜ぶ」
いつの頃からかしら。彼の口からトオサカという響きを聴くたびに、胸の苦しさを憶えるようになったのは。
「ええ。今日は手の凝ったディナーを用意して喜ばせて差し上げて」
「ああ、そうする。じゃあな、ルヴィア。また明日」
「ええ、また明日」
そうして士郎はわたくしを屋敷に残し、ミス遠坂の待つ寄宿舎へと帰っていった。
◇◆◇
「うわ、相変わらず豆腐は高いな」
けど、ここは譲れない。俺が早く帰れるように気を遣ってくれたルヴィアの厚意を無駄にしないためにも、遠坂に豪勢な夕飯を用意しないと。
ここロンドンでは日本食材の大概が手に入るとはいえ、やはり割高だ。しかも微妙に怪しげだったりするし。当然、こっちへ来て早々に和食の献立は食卓から姿を消すことになった。だから、なおのこと祝いの席では和食をこしらえたくなるのだ。本当は湯豆腐にでもしようかと思ったのだが、シンプルな料理は素材の質の良さで味が決まる。メイドインブリテンのトーフでは、あかいあくまに取り殺されかねない代物が仕上がるのは間違いない。……やっぱりやめておこう。桜ににがりを送ってもらって、豆乳から作れば断然うまい豆腐ができるだろうし。まあ、湯豆腐にできるかはまた別の問題ではあるのだが。こっちへ渡ってすぐにスーパーで買って懲りてからというもの、日本へ戻った時にしか豆腐にありつける機会はなくなってしまった。日本からにがりが届いたら、一度ルヴィアにもちゃんとした豆腐を食べさせてみたいものだ。お嬢さまはあれで日本の庶民の味がたいそうお気に入りだし、出来立てのすくい豆腐なんかはさぞ嗜好に合うことだろう。
俺は不意に、ルヴィアの屋敷で働くようになったいきさつを思い返す。あれは確か、こっちへ来て半年が過ぎた頃だったか。
時計塔に籍を置くことになった遠坂と俺は、入学早々トンデモナイお嬢さまと出会うことになった。彼女の名前は、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。魔術師でその名を知らない者はいない、と言われる名門出身のお嬢さまに俺が抱いた印象は、とにかく「遠坂そっくり」のひと言に尽きた。正確には、セイバーと出会ったあの冬より前の遠坂を思わせる、ということになるのだが。優等生然としてどこか近寄りがたい、言うなれば───高嶺の花。
同族嫌悪とでも言うべきか、遠坂とルヴィアは瞬時にお互いをライバルとして認識した。程なくして「英語で口論するのはフェアじゃない」とか何とか言って、ルヴィアが一週間足らずで完璧な日本語をマスターしてきた時には度肝を抜かれたものだ。ルヴィアだって母国ではフィンランド語を使っているハズで、不公平もなにもあったもんじゃないというのに。当然ながら、その翌週には遠坂がフィンランド語を苦もなく操るようになっていたのは言うまでもないが。まったく、負けず嫌いな所までそっくりだなんて、本当に出来過ぎている。
顔を合わせる度に心行くまで言い争うようになった2人は、あの日も些細なことで張り合って、ガンド撃ちで対決することになったとか。皮肉にも、遠坂とルヴィアはガンド撃ちの腕まで互角だった。戦いは熾烈を極め、一見着かないかに見えた勝負は、人避けに張ってあった結界を偶然破って入ってきた子供を庇った遠坂が、ルヴィアの渾身の一撃を喰らうというハプニングで決着。その後2週間寝込むことになった遠坂を担いで、ルヴィアは俺たちの寄宿舎を訪ねてきた。それで口を開くなり真顔で
「ミスター衛宮、わたくしをガンドで撃っていただけないかしら?」
だったから、俺は事態も把握できないまま大笑いしてしまった。
とりあえずガタガタ震えてうわ言を漏らす遠坂を寝かしつけて、俺はルヴィアから状況説明されながら夕飯の支度を終えた。その日の献立は肉じゃがで、とても食べられる状態じゃない遠坂の分をルヴィアに引き受けて貰ったのが全ての始まりだったんだ、今思えば。初めて見る料理を恐る恐る口に運んだお嬢さまは美味しい、を連発して、こっちが恥ずかしくなるくらいに感激していた。あいつ、日本には懐石料理しかないと思っていたらしい。
そうして遠坂の付属品程度に過ぎなかった俺の株は、一流の使用人レベルにまで急上昇。ルヴィアに日本の家庭料理を作るシェフ代わりとして雇われることになった。もちろん最初は遠坂の猛反対を受けたが、財力に物を言わせて日本食を毎日でも空輸しかねないルヴィアの迫力に、遠坂が根負けするに至ったのだ。英語が苦手な俺としては、カフェなんかでバイトするよりも流暢な日本語を話すルヴィアのところで働く方が、遥かに気楽で助かる。しかも、カフェでフルタイム5日勤務分くらいの給料を、週たった3回の夕飯作りと簡単な掃除とで貰っているし。
俺はスーパーを出て、日系人が経営する魚屋、中華街へと移動して鰤アラと大根を買った。これで鰤大根を作って、あとはだし巻き卵、ハムときゅうりのサラダ、冷蔵庫に残っているキャベツを使って味噌汁でも作れば上出来だ。本当は食後のお茶請けにどら焼きなんかを調達できれば完璧と言いたいところだが、遠坂は洋菓子の方が好きだからあえて用意する必要はないかもしれない。ついこの間も、フルールのベリーベリーベリーを恋しがってたくらいだからな。……そうか、あれならこっちの食材でもおおかた再現できそうだ。
遠坂と一緒に暮らすようになって、もう5年近くが過ぎようとしている。だというのに俺たちの関係は相変わらずで、師であり恋人でもあるあいつを、俺は名前で呼んでさえいない。ずっと遠坂って呼んできて、名前で呼ぶタイミングを逃してしまったというのもちろんあるのだが……まあ、俺はくだらない見栄を張っているのかもしれない。遠坂をちゃんと幸せにする土壌が整って初めて、名前で呼ぶ資格みたいなものが得られる気がするのだ。それが弟子である俺があいつに払える敬意だと思っている。今はまだ時期じゃないけど、春が来たら俺たちは帰国して、衛宮の屋敷で暮らすことになる。そうしたら……。
「あら士郎、早かったじゃない」
気付けばもう寄宿舎の入り口に差し掛かっていて、10限の講義を終えて帰ってきた遠坂と鉢合わせた。
「ああ。急いで帰って君にご馳走でも作ってやれ、ってさ」
俺はビニールの袋いっぱいに詰め込まれた食材をほら、と目の前に上げて見せる。
「ふーん。珍しいこともあるものね。いつもはなかなか帰したがらないのに?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて、俺を見遣る遠坂。
「冗談よ。ルヴィアには借りが出来ちゃったわね……って士郎、いくらなんでもそれ、ちょっと買い過ぎじゃない?」
「なんでさ。こっちじゃ日本みたく野菜の切り売りしてないの、遠坂もわかってるだろ? それに今日は──」
両手の荷物を下ろし、俺は5年前から少しも色褪せない気持ちのまま、あの冬から変わらず俺を支え続けてくれている目の前の女性を抱きしめた。
「23歳おめでとう、遠坂」
「……ばか。歳は余計」
そう言いながら顔を寄せてくる遠坂に、俺はそっと口付けた。
「士郎……また背、伸びた?」
言われてみれば、最近ジーンズの裾が短くなった気がする。
「かもしれない。よっぽどこっちの水が合ってたんだな」
「───そっか」
どこか物憂げに答える遠坂。
「……遠坂?」
「んーん、なんでもない。それより士郎、今日は何をご馳走してくれるワケ?」
「む。聴いて驚くなよ。……今日のメインは鰤大根だ」
「わ、本当? 鰤大根なんて去年日本で食べて以来だっけ? 懐かしい〜!」
「ああ。腕に縒りをかけて作るから、くつろいで待っててくれ」
「ん、そうさせてもらうわ。そろそろ部屋、入りましょ。士郎も寒いでしょ?」
袋の1つを手に取って先を歩き始めた遠坂は、不意に立ち止まって振り返る。
そしてこれ以上ないってくらい魅力的に微笑んで、
「これからもずっと……わたしの傍にいてね、士郎」
そんな言葉を口にした。
◇◆◇
To be Continued...
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